ギャラクシー”ジェネシス・コード”ー善意が行う掌握、悪意の求める開放ー
- 5 日前
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…よくぞここまで来たものだな我が愛し子たちよ。
突如脳裏に響いた言葉が身に覚えのない懐かしさを感じさせ、抗いようのない動揺がその場を支配した。
その場の誰もがあり得ない景色を目の当たりにする。
「現実」が全ての幻想を護ってくれていた安息の日々。「ルール」が全ての意思と尊厳を保障してくれた安寧の日常。「現実感」が全ての理想に実像を与えてくれた庇護された毎日。
今までの理不尽と不条理の上から強引に塗りつぶされた「幼き日の優しい”思い出”」が暴力的な圧力で自我を溶かしていく。
突如目の前に現出した「完全な世界」に対して制圧部隊の意識は熱湯にくべた氷塊のごとく存在感を失っていく。
誰もがここに存在するはずもない自らの庇護者の幻影に囚われて膝を折り、武器を投げ出している。
どこからともなく嗚咽が聞こえ始め、皆の感情の堰が決壊した。
与えられたものに似つかわしくない狂騒と狂乱は自らの存在意義を見失わせて地獄の窯の底さながらの光景が渦を巻く。
そしてその様をじっくりと鑑賞した彼女は手を大きく広げて受容の意思をこの場の皆に示す。
…事実という名の悪魔が制圧部隊の心を握りつぶした音がこの聖殿の中に轟いた瞬間の事だった。
「”対象の意識を本人の原風景に閉じ込めることで戦闘力のみならず思考能力をも封じ込める”か。正に”原初回帰”の異能ってわけね。それで対応策も練ってあるわよね?」
「それが…」
言葉に詰まった側近の青年は視線を合わせることもできず己の言語能力すら使役できずにいた。
当然返ってくるはずの明快な回答はいつまでたっても彼の口から紡がれることは無い様だ。
ため息をついて遊名は濃い目に淹れてあったコーヒーが冷めてしまったのを視認し、より憂鬱な気分になる。
最早口をつける気にもならないその暗闇色の飲み物を見ているといろいろな想いが湧き出てくるものだ。
今まで嫌というほど味わった”現実感”という苦々しさ。
目指す目標というには程が過ぎた”理想像”という甘さ。
それと共有するには不確かすぎた”幻想世界”…その何もかもが水面の月影のごとく自分の意識の中揺らめいていた。
あの時辿り着けなかった理想の地はこの「現実世界」に存在しないと思い知らされた日。
彼女に届くと信じていた手があり得ないほどの距離を隔ていたあの日のこと。
既に現実とは成りえないだろうその夢想の数々はそれでも私の行動原理となり自我を縛るものであり続けている。それであったとしても。
「斎木代表…この事案の決裁を下してもらえませんか?我々の意思決定では事が進みません。代表?」
側近の青年が目の前に出した稟議書の最後には確かに遊名の名前でしか成立しない空白が存在感を主張している。求められているのは組織の長としての意思決定のみではないのだ。
それを再度自認すると遊名は愛用のペンを持とうとしてふと自らの思考の空白に気づく。
そうか…彼女が求めていたものは私の覚悟だけではなかったな。
遊名は懐かしい感覚を改めて噛みしめ、これからの盟約に対し履行を認める契約にサインをすることにした。

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