ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー彼女の示した天賦のセカイー
- 5 日前
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これは表向き、そう表明上だけの契約よ…わかっているわね?
宵闇に染まりきった祭殿の中で涼やかな声音だけが私の意識を通り抜けた。
そして私はもはや何も産み出す事のなくなった経典を投げ出して彼女へ恭順の意を示す。
その様子を満足げに見下ろして彼女は自らの手首にささやかな傷痕をつける。
傷口からしたたり落ちる朱色の凶々しき液体が足下に溜まっていき、生命の鼓動が床一面に満たされていく。
そして透き通るような水鏡のごとき様相となった血溜まりからは見るものの自我を飲み込む艶めかしい魅惑が放たれている。
彼女は傅いたままの私に歩み寄り、そっと甘い言葉を囁く…
私の脳はその瞬間にもたらされた快楽の奔流に抗えず自らの身体の統制権をあっさり手放すにいたる。
哀れな傀儡に成り果てた私だったものは足元の血溜まりに無様にたおれこんだ。
その身体を咀嚼するように彼女の血液が私だったものに染み込んでその色をどす黒い鈍色に変えていく。
久遠とも思えるような一瞬後、彼女は私だったものの体を抱き起こして不作法に唇を重ねた。
血染めの骸から再び命の脈動が響き始める。
今この場で与えられ魂に刻まれた宿命がゆっくりとその歯車を回し始めた、最初の予兆であった。
「…貴女様がこの場の主、"朱月公主"李麗華様であられますね?」
「そんなかしこまった言葉で話すでない。いつものような砕けた調子で話すが良い…八剱の末娘。」
うめはこの場の不穏な空気感に飲まれぬように意識的に呼吸を整え、眼前の得体の知れない存在に対峙する。
まるで母親の胎内の胎児のごとく自我意識が消失しそうになる中、必死に霊力を練り上げて戦意を維持していなければ二度と目覚めぬ微睡みに落ちるのは自明である。
それにしても困ったものだ…事前に聞かされた情報では"月光妃"なる存在は代々の巫女や特務護衛部隊に護られるだけの非力な存在と伝えられていた。さらには大仰な儀式なくしてはその身の異能すら行使できないうえに脅威度はかなり低いと。
だからこそ身軽な実務部隊だけで制圧を試み、任務は簡単に遂行されたかに思えた。
そう、護衛部隊らしき何チームかの異能者達をぶちのめしこの祭壇に踏み込んだ瞬間までは。
ほんの数十秒前のその瞬間がまるで遥か昔の幼少期の頃のごとく思えてきてうめは戦慄を新たに感じていた。
目の前に実務部隊の頼れる仲間たちが直視できぬ姿で転がっている。
日々を分かち合った日常がもう戻れない過去になってしまった事を認めたくないのだ。
それでも自分は成すべき事を成し遂げ帰らなければならない。
うめは握りつぶされそうな心を必死に維持して今紡ぐべき言葉を吐き出した。
「私は御身のお力を借り受けたいと望むものであります。何とぞ話を聞いていただけないでしょうか」
うめは自分の語彙の無さを心底悔やんだが手持ちの武器は増えてはくれない。
いつもは組み伏せるだけの神仏に祈りたいぐらいだ。
眼前の異形はうめの辿々しいお伺いに苦笑して優しげな目でうめを見つめている。
その相貌からは彼女がどんな未来をうめに与えようとしているかは想像がつかない…
しかし神ならぬものに理解はできない事に違いは無いだろう事は確かである。
その決定は正に巫女の受ける神託そのものであるのはこれ以上無い皮肉となった。

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