ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー倫理の規定と論理の飛躍ー
- 5 日前
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永らく私に降り注いだ雨はドス黒い色をしていた。
それはいつでも私の意識を闇色に染め、希望や願望を拒絶する源であったのだ。
そこで彼女は言葉を切ると飲み慣れないカクテルに口をつけて一息つく。
静まったバーの空気は磨き上がったばかりのグラスのように澄んでいて、彼女の美貌から受ける印象を際立たせている。
本来私のような者に聞かせる話ではない事だという事実が胸に痛かった。
ロンググラスの中で涼しげな音を立てる氷すらも我が身の場違い感を咎めている気がしているのだ。
…それでもキミが居てくれて良かったよ。立場ある身としていつも振る舞うのは苦痛でね。
誰にも見せる筈のない彼女の柔らかな笑顔。
もしかしたら自分が彼女の特別な位置にいる事を許されるのか?
それは不遜すぎた望みであるのは明らかだ。
それでも今彼女を責務の枷から解き放てるのは自分だけ。そうだろう?
期待と煩悩が私の中に渦巻いて事実確認という名の願望組成を止める事ができない。
許容の意思を示せばすぐにでも私の胸に飛び込んでくれるだろう彼女の姿を幻視してしまう。
しかし…
彼女を受け入れた後に私は何をしたらいいのか。
理想の関係になれたとして私は彼女の心を満たすだけでいいのか?
意味を持つわけもない自問自答が渦巻いて私の思考は混濁してきた。
…だが彼女にとって必要な自分でいればいい。その事だけは変わらない筈だ。
私は目一杯の理性を振り絞って幻視を振り解くと彼女に向き直る。
パートナーとしてはいられなくとも私は彼女の替えのきかない右腕であり相棒。それ以上でもそれ以下でもない。
そんな精一杯の虚勢で頼もしさをキープしてみせた私に対して彼女が安堵の微笑を浮かべる。
その時感じた情動は私の運命を生涯決定づける聖痕となり、私の魂に永劫刻まれる事となった。
「貴女の提案、とても面白いモノでした。しかしそれはあなた1人で背負える事案ではない筈…しかるべき説明をしていただけますね?ミス桜ノ宮。」
「お言葉ですが七星神器”フェクダ”様。わたくし共が提案し実現させてきた貴女方の同胞たちの市民権についてはこの度の審査実績に数えていただけると思っていましたが。どうなのでしょう?」
フェクダとつぼみの抜き身の刃のやり取りは傍に控えていたEGO外交特務部のエージェント達の肝を心底冷やすものとなっていた。
あまりにも慇懃無礼トークの応酬はいつものことながらではあったが今回は例を見ないほどの苛烈さ加減だ。
七星神器の面々は各所でそれぞれの分野を管轄する責任者が一対一で場を詰めることになっている。
つぼみはこれまで兵站や戦闘員の装備、戦術面サポートをメインの役目であった為、相手方のリソース管理責任者と場を詰めているのだ。
…それにしてもだいぶ踏み込んできたわね。今までの”アスクレピオス”事案に関わってきてこれほどのレベルの配慮を突き付けられたことは無い。
これではまるで無条件降伏と無血開城をセットで要求しているようなもの。
まさかこれが譲歩抜きで受け入れられるとは思っていなかろうが、これはあまりにも…
つぼみは今回の「無茶振り」に対して越権行為スレスレの妥協案で話を纏めるつもりであった。
それこそ背任行為として処罰されることがあり得るほどの決断だった。
それも永らく”アスクレピオス”に関わって彼らとももはや他人では無い関係性を持っているからである。
しかしそれでも私は地球の民。皆の生存権や未来の保障権を売り渡すなどできようはずもない。
ぐるぐると走馬灯のような夢想している時のような思念がつぼみの論理的思考力を奪っていた。
その様子を何とも興味深く観察していたフェクダはひとつの提案を改めて議場に出した。
…その意図がつぼみの意識に届いたとき、全ての論理性は無意味になった。
つぼみは敵視すべき相手を激情のままに見据えて戦闘態勢に入る。
歴史の裁定者がどちらを選ぶのかをこの場の誰もが知りうる余地も無く、歴史の歯車は動き出した。

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