ギャラクシー"ジェネシス•コード"ー予知のもたらす疑義と決議ー
- 5 日前
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二度は言わないわ…私が望んだモノだけを差し出しなさい。いいわね?
彼女は自らの要求だけを示して言葉を切った。
今までの提案や説明をまるで聞いていなかった事を明らかにされて私の胸中は穏やかでいられる訳もなかった。
…しかしこれ程の執着を見せながらも平然と自らの主張だけを通す算段なのは呆れを通り越して感嘆すら覚える。
意思疎通という言葉は管理者である彼女の辞書に記載は無さそうである。
ふむ、なるほどこれが読む者の正気を破砕する書庫の罠。
人々の願いを受け止める器である「聖杯」の自己防衛機能というわけか。
ひとまず理解不能な要因は排除して私は自分の意識内の整理に取り掛かる。
非日常の中では「その場のルール」を把握するのが最初に行う必然であり常識だ。
ソレを理解できない人間から淘汰されるのが現場の"現実"である。
私はひとつひとつ状況と把握すべき情報を確かめていく事にした。
「聖杯」…"外の世界"からもたらされた超科学製モノリス。そして
"「あらゆる願望をこの世に具現化させる際に必要な器であり儀式的触媒」、「人の望む理想像をこの世に実像として映し出す奇跡を現出する聖遺物」。"
初めてその噂を聞いた時はそのあまりに夢見がちな“設定"に苦笑するしかなかったモノである。
決して短くない期間魔術文化圏に身を置いていたこの私でもその話を事実として咀嚼できるまでかなりの裏取りと仮説の実証に時間を割く必要があった。
何故そのようなお伽話めいたネタを追い求めるのかと揶揄されない日は無かったように思う。
今この場においてもはっきりした理由は答えられないだろう。
それでも半生をかけて築いてきたコネクションと日頃から積み重ねてきた関係各位への貸し、実務の場に置いての評価から得られた単独決裁権など私を私たらしめる要素を全て酷使してたどり着いたこの場は正に今までの苦労が報われる場所であるべき「だった」。
…ほんの数瞬前まで確かにあったはずの自信みなぎる自分像が陽炎のごとく消失している。
何故かはわからないが自分がこの場に導かれた意味を私は悟ってしまっていた。
脳裏に閃めいたその答えを問うべく何やら満足気な笑みを浮かべる彼女へ私は口を開こうとして、
驚いた。
私の口の紡いだ言葉によって彼女との誓約が締結していた。
初めての挨拶ができた幼子を慈しむように彼女は呆然自失した私をそっと抱きしめる。
私の現世での役目が満了した、その瞬間の出来事だった。
「人々の理想を具現化する為の器…あなた方の言葉で言うなら"聖杯"と呼ぶのが適切でしょうか。
私たちにとっても無関係では無いモノ。当然知見を共有していただけますね?ミス篠崎。」
「七星神器"メラク"様。アレの実情に於いてはイレイザーであるあなた方がより詳しく把握している筈。
私どもの観測結果をご要望ならハッキリとおっしゃっていただけませんか?」
メラクと今日香は慇懃無礼上等の主導権の取り合いに小一時間時間を割いていた。
わざわざこのEGO本部の特別貴賓室まで御足労いただいたイレイザーの司令官は先程から今日香の情動を持て遊ぶのに終始している。
今日香だけでなく同室している外交特務部の面々も刻一刻と汚染されていく精神衛生に耐えられなくなっているのだ。
イレイザーの上位個体である少女のような容姿の司令官。
彼女の気分が不等に傾けば対超越者戦闘を想定しているこの結界内も無事では済まないだろう。
外交特務部の誰もが息詰まる状況の中で必死に自らの役目を果たそうとするのを察して今日香はいつまでもこの会談の主導権が取れない事に焦りを加速させていた。
…流石に外交上のカードは切り終わってしまったし未来予知のヴィジョンで予測していたとはいえここまで手こずる展開があるとは思っていなかったな。どうするか?
今日香は未来の予測ヴィジョンを俯瞰しながら最善手を組み合わせる。
少しでも立つ瀬を確保する為だ。
今日香の首筋に自覚なき汗が流れた。
破滅のヴィジョンが組み上がりつつある。
しかし運命の変わり目はあるはずッ…
現状把握に余裕の無い今日香の様子をゆっくりと観察していたメラクはやれやれといった弛緩した空気を示して一言呟いた。
"逸失する恐怖には不慣れなモノなのかね?"
日常の軽口のごとく放たれた言葉。
その言霊の意図がもたらす破滅の有り様を正しく理解できる者は最早誰も存在しなかった。

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