「”神託”による救いは存在するか?アクエリアンエイジ」
- 5 日前
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どうも皆様こんにちは。今回は私が10年の時を経て辿り着いた「”ガチ”と”カジュアル”の見ている世界」についての個人的所感をお話したいと思います。
そしてこの記事はいつも以上に私の私見がガッツリ入ったものになりますので、今までの記事を能動的かつ好意的に解釈してくださる方向けのものになりますことをご了承ください。
以上を快諾してくださる方のみどうぞ。
◎”ガチ”と”カジュアル”論争の行き着く場所とは?
私がこの「問題」に取り付かれること10年以上前、事の始まりは行きつけのショップ大会に自分なりの世界観バリバリのいわゆる”カジュアル”デッキを持ち込んだことから始まりました。
当時は自己主張ばかりが先立った紙束だった為、「そのデッキ何がしたいの?」と言われる事も日常茶飯事でした。そして正直な話その度に思ったものです。
「そんな面白みのないソリティアばかりやって何が楽しいんだわざわざオフタイムにやることじゃねーだろ(意訳)」と。
しかしそう感じた一方、こうも考えました。
「ふむ勝負事である以上、大会で勝っている戦術ではあるのだし”正解”ではあるのだろう」と。
そこから私なりの「”ガチ”考察」の旅路が始まりました。
そしてついこの間纏まったばかりの仮説および見解をお話しようと思います。
葛藤を続けること10年弱…私の考えるそれぞれの”生態系”考察をお届けします。
ここまでの文章で「わかってねーなコイツ」と感じたあなたはここから先の記事で不快になる可能性が多分にあると思いますのでそれをご理解いただいた上で読み進めることをお勧めします。
もしくは「道しるべは保全しとけアクエリアンエイジ(基礎戦略考察記事索引)」(2021年4月15日分)や「汝目指す場所を明らかにせよアクエリアンエイジ(競技アクエリ考察記事索引)」(2021年10月29日分)から目を通していただけると幸いです。
心の準備ができた方のみ以下からどうぞ。
◎”ガチ”と”カジュアル”の立つ地平にはどれほどの差があるのか?
○”ガチ”プレイヤーについて
盤面を俯瞰視点で捉えて戦術を組み立てる”監督”または”オペレーター”のようなスタイル。
まず「戦術的正解」を重視し、”正解”を選び続けることにより勝利条件に直接的アプローチを試みる戦略を選ぶことが多い。
大別すると「ゲーム画面の外」からのスタンス。
ゲーム上では「相手の戦術を逆手に取る」とか「搦め手を使う」などは勝利条件に直接寄与しないと考えるプレイヤー多いと思われる。
”「正解ルート」という最短距離を走り抜ける”のを唯一の最適解と捉える傾向があるため、ガチプレイヤーは双方がその暗黙の不文律を遵守してゲームに向き合うのが当然と考えるケースが多いようである。
○”カジュアル”プレイヤーについて
盤面をピッチやマウンド上のようなものと捉えて主に”対戦相手の攻略法”を始点に戦術を組み上げる、「司令塔」または「チームのキャプテン」のようなスタイル。
まずその場その場の「正着」を見出して「対戦相手を”倒す”」ことで勝利条件を満たそうとする傾向が強い。
大別すると「ゲーム画面の中」からのスタンス。
そのため対戦相手の状況を考慮しない”ソリティアスタイル”の戦術全般に忌避感を覚えるプレイヤーが多く見受けられる。
…というのが現時点での私の持論です。
”ガチ”プレイヤーにとって盤上はあくまでも”「画面」の中の出来事”として認識しているように思います。なので”カジュアル”ゲームのデッキと対戦したとき「ゲームの中に同意なく引きずり込まれた」と感じて不快に思うプレイヤーも多いようですね。
対して”カジュアル”プレイヤーにとって盤上は自分にとっての「現実」であり「実際の戦場」そのもののように捉えているように思います。
なので”ガチ”デッキを使ったゲームと対戦するとき「NPCのような扱いを受ける」ように感じて不快な思いを抱くプレイヤーが多いと感じます。
対戦ゲーム、特にTCGにおいてはいつも話題に上がる「ガチ・カジュアル論争」ですがどちらの”現実
”も「ゲームを楽しむ」というスタイルに代わりがないのでは?というのが私の現時点での所感ですね。
しかし私は「ゲームの世界観に漬かってプレイを楽しみたい」という”カジュアル”寄りプレイヤーなのでlこれからも”カジュアル”なゲーム提案をしていきたいと思います。
今回の記事があなたのアクエリライフに有意義なものをもたらすことを願っています。
これからもよきアクエリライフをあなたと共に。

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